年に二回、「人間ドッグ」に行っているが、何度やっても、あの「胃カメラ」は好きになれない。
まあ、あれが好きという人はいないと思うけど。私の場合も、毎回すんなりとはいかない。
で、今回気がついたのだが、ドクターをアシストする女性の看護士さんの役割が検査される我々の心理状態に実に大きな役割を果たしているということ。こっちは苦しいので、身体にいらぬ力が入ってしまったり、むせたりする。
今までの看護士さんは実にやさしい口調で背中をさすりながら、(そう、この背中をさするという行為が不思議に検査を受ける人に安らぎを与える)「はい、大丈夫ですよ、もう食道を通りました。すぐ終わりますからね」
ところが、今回の看護士さんの女性はえらく口調がきつく「力、入れないでください!」「身体に力を入れると苦しくなるだけですよ」と命令するような調子なのだ。
検査で苦しいこちらの負担をやわらげるための、背中スリスリも全然やってくれない。
彼女にとって毎日何人もの検査をしているので、中には実にスムーズに胃カメラをこなす人もいるのだろうから、無用な力が入り不器用な人に対しては腹立たしく感じるのかもしれないが、あの実に不快な胃カメラ検診なのだから、やさしい口調と共に背中スリスリは必ず守って欲しいとお願いしたい。
先週の金曜日は私の誕生日でした。
私自身は自分の誕生日に特に感慨はありませんが、この日は3年前に98歳で亡くなった母親の命日でもあるのです。
全くの偶然ではありますが、自分の誕生日と、母の命日が同じというのは、奇しき偶然としても妙な気がしましたね。
さらに不可思議だったのは、3年前に母が入院したのが3月4日で、この日がまた偶然にも家内の誕生日でした。
そうなんです
母は家内の誕生日に入院をして、私の誕生日に亡くなったのです。
これはいやでも忘れませんよね。
まあ、たまたま日にちが重なったという話に過ぎませんが、
そのせいで自分の誕生日にはまず母の仏壇にお線香をあげて手を合わせるというしんみりした日になりました。
「忘れるんじゃないよという、お母さんのメッセージじゃないの。秀ちゃん、忘れっぽいから」
というのは叔母の言葉なんですが・・。
春の到来で、多摩川べりの散歩が復活しました。
生来の寒がりのせいで、散歩はちょっと怠けていたんです。
気持ちいいですね。
早足で約一時間。もう結構汗をかきます。
歩いていると何人ものランナーが僕を追い越していきますが、全く気にしません。
ジョギングを長年続けていた数人の先輩が、腰や膝を痛めて、
「あんまり夢中に走るのはよくないよ」と聞いたせいもあり、
走らないことをモットーにしています。
運動しないのは最悪だけど、やりすぎは後々身体に影響がでやすい。
東京マラソンの大変な熱気や、いつもジョギングしている人達の体脂肪の少なさなどを耳にすると、
えらいなあと思います。
でも、長年やわな状況で過ごしてきた自分が突然流行に煽られて走りだすのも、いいことないような気がして
、季節のいいときにやる早足だけをやることにしたのです。
これで真夏になったらまた一休みですから、いい加減の最たるものですが、まあ自分は自分のペースでほどほどの運動を心がけたいといったところです
皆さんは如何ですか。
北朝鮮のテポドン騒ぎの中で、春満開の「お花見日和」目黒川沿いの桜を観に出掛けました。
目黒川に沿って続く桜並木は見事と聞いていたので、一度行ってみようと思っていました。
大橋から目黒駅にかけての3,8キロに830本のソメイヨシノが植えられているということです。
川沿いの道にシートを敷いてお花見をする人たちが延々と続きます。
といっても僕が行った時間はちょうど昼過ぎくらいだったので、花見の宴を楽しむ人はまだポツポツという感じ。
シートが飛ばないようにシートをしっかりガムテープで止めて「4月5日PM2時」などと書いた紙が張ってありました。
<面白かったのは、そのまだ空席のシートに出前ピザとか出前寿司などのチラシが置かれていたことです。
あれだけの混雑の中で、出前をするというのも大変だと思いますが、きっと携帯電話でやりとりしながら必死の思いで届けるのでしょう。
家族で、職場の仲間で、カップルで、いろんな人達がお花見を楽しむ中、よく目についたのが、高齢のおじいちゃんやおばあちゃんを連れた親孝行の人。
桜のシーズンには、一人では出掛けられない高齢の親に桜を見せてやりたいと思うのは自然の心境かもしれません。
いかにも日本的な親孝行の光景に私も亡くなった母親を思い出しました。
高齢の親がいる人にとって春の桜は、
「今年で桜を見るのも最後になるかもしれない」
というプレッシャーを与えるものでもあるのです。
およそ一時間、一人で散策した目黒川桜見物でした。