穏やかな年末が続いています。
ふるさとへのUターンラッシュは以前ほとでではないとのことですが、
それでもお正月はふるさとでと思う気持ちの方は大勢います。
帰省の車の中でラジオを聞いていただいてるみなさん、くれぐれも安全運転でお願いします。
ところで、早い物でもう2008年も終わりです。
リーマンショックのおかげで、金融ががたがた、一般企業にもものすごい影響fがでt
派遣切りなども各地で起こっています。
世の中がこれほど大揺れしている今年、
私的に考えるととりあえず健康だったというのが一番のニュースのような気がします。
実は、健康診断でひっかかるものがあり、ちょっと心配していました。
今まで何も考えずに吸ってきたタバコをやめようかな、
なんてちらと思ったりしたくらい。。
どれだけ心配だったか、ってことです。
ところが、今年別の医療機関で再検査してもらったところ、心配ないとのお墨付きをもらいました。
イヤー、ほっと一息ってやつです。
ほんと、一気にふーっと肩の力が抜けました。
ということで、私の今年一番のニュースというと、とりあえず健康が保障されたってことなわけです。
健康であれば、好きなラジオでしゃべることができます。
酒を飲んで、散歩してってことも心おきなくできよってもんです。
ということで安心して年をこせるのも、健康あればこそ。
ラジオをお聞きの皆様、ブログを読んでいただいている皆様。
今年も本当にありがとうございます。
お体に気をつけて、よいお年をおむかえください!
先日、遅ればせながら「レッドクリフ」を観に渋谷に出かけました。
そのとき、渋谷の凄い人混みを思い、殆んどウン十年ぶりにマスクをしました。
歳のせいか、最近鼻の奥に痛みを感じ風邪かなと思うと、若い頃だったら、数日で回復したものが、完全に抜けるのに二週間ほどかかってしまう。
風邪気味といっても、なんら生活に注意することもなく、酒は飲むし、タバコは吸うしであるから、すぐ良くならなくて当然かもしれませんけどね。
そのマスク。
ドラッグストアでみると、実に沢山の種類があるのでびっくりです。
ウイルス飛沫99.9%ブロックという謳い文句の「ウイルス立ち入り禁止マスク」風邪、花粉、黄砂、ハウスダストが気になるときにという「7DAYSマスク」など、どれを買っていいものやら見当もつきません。
店内をぐるっと回ると、とんでもない商品がある。
空間に浮遊する菌、カビ、ウイルス、ニオイを除去する「クレベリンゲル」というもの。
部屋に置いておくだけで持続的に浮遊するウイルス、細菌を除去すると書いてある。
「へえ~!」と大いに感心し買ってしまいました。
昔、マスクといえば、ガーゼで作った素朴なものでしたよね。インフルエンザやごく日常的な大気汚染、環境がダメージを受けているので、このような防御的商品が飛躍的に増えたのでしょうか。
自分でやってみて、街を歩くとマスク族が案外多いのに改めて驚いた次第です。
先日、東京のホテルで「米国財団法人野口医学研究所25周年記念式典」が開かれました。
野口財団は、野口英世博士の偉業を記念して1983年に設立されたアメリカ政府承認の財団法人です。
目的は国際的な医学の交流で、今までにアメリカに留学した医師550名、医学生100名、薬剤師、看護師、管理栄養士100名に野口医学研究所が手厚い支援をしてきています。
で、なぜそのパーティーに私がというと、財団の創立者の浅野嘉久さんとなぜか長年の交流があるのです。
浅野さんが私の番組のリスナーで、「今日も快調!朝八時」という番組をやっていた頃からの付き合いになります。
財団の活動のひとつに世界を網羅した「医療ネットワーク」があります。
世界で活躍するビジネスマンとその家族の健康管理をするものですが、そのアメリカでの「人間ドッグ」開所式に何度か招待を受け行きました。
発祥の地のフィラデルフィア、ロスアンゼルス、ニューヨーク。
その開所式で司会をしたわけです。
さて、25周年記念式典、日米の錚々たる医学者が集まりました。
日本語、英語それぞれのスピーチでしたが、まあ、東大医学部出身のドクターが多いこと。名誉教授も珍しくない。
ある意味、日米の秀才が一同に会したといった感じでした。
その中で「生活習慣病」の言葉を生み出した日野原重明先生の元気さに目を見張る思いがしました。
先生は確か97歳。
ご挨拶で登壇するときも全くスイスイと階段を上がり、スピーチもユーモアに溢れ実にお元気そのもの。
驚くことに3時間近いパーティー終了までいらしたのです。
百歳を超える先まで予定が入っているそうです。
私もスピーチしましたが、そんな秀才達の中にもラジオのファンが案外いたことに意外な思いがしました。
昨日の昼はテレビにかじりつきでした。
WOWOW。
オスカー・デラホーヤ対マニー・パッキャオ戦。
ラスベガスからの衛星生中継。結果はなんとパッキャオのTKO勝ち!
スーポーツアナを目指した僕としては「ボクシング中継」もやってみたいスポーツのひとつでしたが、チャンスはありませんでした。
子供の頃、東横線の学芸大学に親戚の家があり、すぐ近くに「笹崎ボクシングジム」がありました。
そこに金子繁治という東洋フェザー級チャンピオンがいました。
当時の世界チャンピオン、サンディー・サドラーとノンタイトル戦をやるという頃で、
笹崎ジムに行くとジム前は黒山の人で、中を覗くことも出来なかったのを憶えています。
確か僕が小学校6年生、昭和30年でした。
その後、昭和30年代になって、軽量級全盛時代を迎えるが、ファイティング・原田、青木勝利、海老原博幸のうち、僕はカミソリパンチといわれた海老原博幸選手に夢中になりました。
とんかつ屋さんの出前募集でやってきたのが、海老原選手。
その素質に驚き、慌ててとんかつ屋をたたんで彼を育てたのが、後に多くのチャンピオンを育てた金平正紀さん。
海老原選手はあまりにパンチが強烈で、7度も自分の拳を骨折したというエピソードの数々に興奮しました。
その海老原選手が横須賀のデパートに「サイン会」でやってきたことがあります。
凄い人気で僕はサインはもらえませんでしたが、人波から垣間見る海老原選手の細さに、どこにあのパンチが潜んでいるのか驚きました。
今の日本のボクシングはちょっと寂しいですよ。
日本人の凄いチャンピオンがでないですかねえ。
ラスベガスからの衛星中継で熱狂できるような。
昨日のパッキャオの勝利で、フィリピンでは、勝利を記念して祝日になるなんて話は本当なんでしょうか。
卒業以来51年の歳月が流れました。
先日中学時代の同窓会がありました。
7組、8組二クラス合同で、出席は30数名。
僕の出た中学は横須賀の坂本中学で、当時は全国でも有名なマンモス中学でした。
確か、一クラス60名近くいて15組までありましたから、一学年が900名、これが三学年ですから全校では約2700名。
今思うと凄まじい子供の数、我々は昭和17年4月から、18年3月までの戦中生まれで、団塊の世代の前ですが、それでもこれだけの人数で、まさに戦時中の「生めよ増やせよ」の世代なのです。
子供の頃を思うと、何処でも子供が溢れていましたね。
私の家の近所も子供だらけで、まあ、それはそれは賑やかで活気に溢れていました。
今の暮らしと比較すると、それは貧しかったのでしょうが、子供である我々は少なくともひどく貧しいという意識はありませんでした。
今は少子高齢化の時代、あの子供たちが高齢者に突入しているわけですから、中学生時代の子供の数を考えただけでも、今後これがいかに凄い事態になるのか、恐ろしくなります。
かつて子供の声で満ち溢れていあの地域が、今はお年寄りばかりになり、静まりかえっているといいます。
医療費の問題ひとつ取り上げただけでも気が遠くなります。
といっても60代はまだまだ若い。
今回の同窓会でも思いましたが、皆さん元気で相当のエネルギーを残している。
やはり、その元気さに比べリタイア年齢が早すぎますよね。
働ける余力充分。
高齢化と恐れるばかりでなく、この元気をいかに生かすかをもっと真剣に考えないといけないと痛感した次第です。