
北京オリンピック、楽しかったですね。
時差、僅か一時間、華の決勝は午前中が多かったので、僕にとって、こんなにテレビを観たことはないというほど、オリンピックを堪能しました。
一番残念だったのは、やはり「野球」でしたね。
星野監督の「金メダル以外いらない」を信じていましたから。
「強いチームが勝つのではなく、勝ったチームが強い」といったニュアンスの星野さんの言葉にくやしさが滲み出ていました。
いろいろ問題点を指摘されていますが、やはりオリンピックに対するもモチベーションの差が出たのではないかと僕は思います。
例えば韓国は、対日本については「勝つ」のが国民最大の願い。
まさに国を挙げて闘志を燃やします。
兵役の免除とか、多額の報奨金などのインセンティブ。
さらに国内のペナントレースをお休みにして、こと野球に関しては国民の意識をオリンピック一色に統一した。
こうなると選手の意識もオリンピックに集中せざるを得ない。
この点日本は、選手の気持ちが国内ペナントレースの活躍に重心が置かれていたのではないか。
やらねばならないという気持はあっても心から燃えて来るものがない。
オリンピックはあくまでも余技だからという気分が日本チームを支配していたのではないかと感じるのです。
苦戦の末勝った王監督のWBCのときは、日本の野球世界一にかけるイチローのモチベーションが大きかった。
今回はWBCのイチローのような、「この人がこんなに必死なら」といったカリスマ的リーダーがいなかったことも、日本の金メダルにかける意識を高められなかった原因ではないかと思うのです。
メジャーが出ないオリンピックなら、野球大国の日本が勝って当たり前と思っていましたが、ところがどっこい、実力はまさに紙一重でありました。
しかし今回の失敗は今後に絶対生きると信じます。
WBCに選抜される選手の意識が今回のオリンピックとは雲泥の差になりますからね。
モチベーションさえ高まれば日本の野球は絶対いけます。
来年のWBCではきっと日本は強いですよ。
17日に開催された北京オリンピックのマラソンをテレビで観ていて、野口みずき選手はテレビを観ているのかなと思った。
とてもそんな心境になれないのかなと思ったり、いやいや複雑な心境ながら、自分が金メダルを目指したレースの成り行きを観ずにはいられなかったのかなと思ったりした。
北京オリンピックも前半戦終了。
4年に一度のオリンピックは選手のコンディション作りの難しさを浮き彫りにする。
いかに大会当日にコンディションをピークに持っていくか。
その日に合わせて厳しい練習の日々を過ごし、ベストコンディションに仕上げる苦労は僕などには想像もつかない。
野口選手の練習の日々を追ったテレビ番組を観たことがあるが、総てをオリンピックに合わせて、そのためにのみの、練習、練習の生活であった。
野口選手自身も、この4年間はその日のためにのみ過ごしてきたといっていた。
彼女の無念さを思うと気の毒でならない。
しかし、優勝したルーマニアのトメスク選手は38歳という史上最高齢の優勝である。
彼女の優勝は野口選手に大きな希望を与えたのではないか。
あの真剣なマラソンに総てをかける野口選手の思いが4年後のロンドンで報われるような気がする。
今回のアクシデントは彼女のマラソン人生で最大の試練であるが、野口選手はきっと乗り越えてくれると思う。
北京オリンピック開幕。
なんといっても4年に一度の世界の祭典ですから、私もテレビに釘づけです。
それにしても思うのは、今オリンピックはリアルタイムで世界中で見られるわけですが、いうまでもなくオリンピックの歴史は放送伝達手段の発展とともにあるんですね。
初めてテレビで観られたオリンピックは東京オリンピックだそうです。
いわれてみると、
1942年生まれの僕が初めてオリンピックを記憶しているのは1952年のヘルシンキオリンピック。
歴史に残る人間機関車といわれたザトペックが陸上、5000、10000、マラソンで前人未踏の三冠を達成したオリンピックでした。
後に、阪神タイガースの村山投手の投げる姿を称して「ザトペック投法」といわれましたが、村山投手の投げ方が苦しげな表情で走るザトペックを彷彿とさせるというので名づけられたそうです。
ヘルシンキオリンピックはラジオの短波による放送でした。
フェージング、とかいって電波が波に翻弄されるように大きくなったり、小さくなったりするんですね。
実に聞き取りにくいそのヘルシンキからの和田信賢アナウンサーや志村正順アナウンサーの実況放送が、
遠い遠いヘルシンキから届いているんだという距離感を感じたものです。
レスリングの石井荘八選手が唯一の金メダル、橋爪四郎選手が水泳1500で銀メダルでした。
いやはやとても懐かしい。
私にとってはオリンピックというと,
毎回必ず横須賀の自宅で聴いた真空管ラジオから流れたあのヘルシンキからの短波放送を思い出します。
あれから56年、各世代の方たちの最初に記憶するオリンピックはどんな様子だったのしょうか。
盛夏の候、花火大会があちこちで開かれていますが、お出掛けになりましたか。
私は先週の土曜日に「よこすか開国花火大会」に行きました。
海の街、横須賀は港の岸壁から夜空に打ち上げられる花火をさえぎるものなく観られるので、その見事さはひとしおです。
横須賀の花火大会は混乱もなく終了しました。いや、壮観でした。
ところで、今までみた花火大会で忘れられないのは「迷子」です。
驚くべき光景がありましたね。
東京のT花火大会でのことです。
迷子の子供をひき取りにきたお母さんが、いきなり小学生3,4年の男の子の頬をパシッと叩き、泣き叫ぶ子をものも言わずに連れ去った光景。
関係者に「ご迷惑をかけました」の挨拶もなしで見ていたこっちは呆気にとられました。
笑える迷子もいましたね。
「○○ちゃんを本部テントでお預かりしています。保護者の方は本部テントにお越し下さい」
どんな子かと本部テントに行ってみると、なんと迷子になっていたのは80くらいのおばあちゃんでした。
放送席にはメモ用紙が入るだけなので、係のおねえさんが、勝手に子供と決めつけて「○○ちゃん」になってしまったのです。
夜空のキャンパスに繰り広げられる花火に大人が見とれていると、退屈な子供はあたりをちょこちょこ動き回っているうちに迷子になってしまう。
子供さんの手は放さないように充分お気をつけ下さい。
しかしまあ、花火大会も終わったあとのあの混雑はため息がでますねえ。